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2006年10月31日 (火)

面白いものを買ってしまった。。

吉祥寺に出来た“大人のデザイン雑貨店” 「Free Design」で変なものを見つけてしまい、その場でしばし見とれてしまった。

ANTQUARIUM (アントクアリウム)っていうもの。

無重力でのアリの生態を調べるためにスペースシャトルの中での研究に使われたものらしい。

商品のサンプルに、小さなアリゴ(私は子供の頃から、アリをアリゴと呼んでいた…方言?)三匹が入って、水色のジェルの中にちゃんと巣穴を掘っている。その様子がアリアリと見えるものだ。(笑)その巣穴は3次元の立体アートのようでもアリ。(笑)

きれいな水色の世界に、真っ黒で知性を持った(本能という方がいいのかなあ…)小さな生き物が立ち止まったり、動いたり。何か考え事しながらちゃんと働いているのに感心した。

今までも、密閉された小さなアクアリウムの中の海老とか、ランブルフィッシュとか、めだかっぽい魚の入った商品は知っていて、欲しいなと思ったことはあるけれど、夏の室内の高温とか、いろいろ考えちゃうと飼えなかった。(あっ、シーモンキーなら、大人になっても飼ったことがあるよ、悲惨な最期だった(;;))でもアリさんなら、熱くても寒くても元気でやっていってくれるかもしれない。。。それに、どんな巣穴アートを作ってくれるのか楽しみだし。

問題は、どこのアリを捕獲してくるか…だが。あまり大きいアリも恐いし。私の好きな多摩サイあたりのアリンコを捕まえてみようか…。アリは同じ巣穴のものを入れないと、喧嘩するらしい。それに、穴の外で仕事しているのは「おばさん~おばあさん」のアリらしい。若いのは、巣穴の中で仕事して…若いうちに外の仕事で怪我をさせると、一生のうちで働ける時間が少なくなってしまからなんだって…なんてシビアな“生物の秩序”なの~(^^;)

でもおばあさんといっても、数ヶ月間は問題なく生きてくださるとのこと。ホッ。。

ココログフリーだから、日記に画像をつけられないかもしれないので、右側のアルバムの方に、買ったばかりのアントクアリウムの画像を入れておきます。

また、アリを無事捕獲したら、時々画像を足そうと思います。「トマトの日記」じゃなくて「アリゴの日記」になっちゃうのかな~(vv;)

パンフに書かれていた文をちょっと紹介。

*アリは、1億年。人類は200万年。

*アリは、地球上に1京匹も生息していて、その1京匹の総体重は人類の65億人の総体重とほぼ同じです。(1京分のアリが隊列を組むと長さはなんと500億キロ。地球を1,247,590周し、地球から月までを6往復するほどの長い長い隊列となります。)

だって!!!ハハ~っ、参りました(。。;)m

PS:それにしても、どうやって数を調べたんだろう…かなりアバウト??

PS:文の中への画像の入れ方がわかりそうな気がする。でも、ANTQUARIUMに関しては、このままでいこうかな。

PS:[おばさん、おばあさん」って事は、アリはメスばっかりなの?なんだか同情しちゃうな。

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20年ぶりの着物

今日は月一度の着付け教室にちゃんと着物を持っていった。昨年一年間、先生はアメリカのシアトルへ留学してしまって教室は無く、今年の夏前から復活されているのだが、なかなか行くタイミングがなくて…。

着物を着るのは一年ぶり…。自力でお太鼓結びが出来るようになり、アメリカン・チャイナペインティング(西洋陶絵付け)の世界大会がNY州バッファローで行われた際、絵付けの先生とご一緒させていただいて、その大会のパーティーと、その後のカナダまでのクルージングで船(豪華客船で超ビックリ!)の中の正装ディナーで頑張って着た。人の着付けも手伝った。。。ほどだったのだが、さすがに一年も着ないと心配になってくる。着方は忘れてしまうものなのだ。

アメリカではやっぱり着物は人気があり、知らない絵付けの先生方も集まってきて写真に撮られたりした。船のエレベーターでは「ゲイシャ…」と言われて、他の着物を着たメンバーは「失礼ね!」と言っていたけど、外人からしたら、別にいやみで言ってたわけじゃないんじゃないかな(^^;)そしてやっぱり、日本人には着物が一番だと実感した経験であった。先日ベトナムから帰ってきて、自分の本棚にある着物雑誌をぼ~っと見て気がついたのだが、アジアの中でも着物のような形の民族衣装はないと思う。日本が島国だったから、独自に進化していったのか、客観的に見ても美しい衣装だ。

普段から着物を着るような生活をしてみたい…と思ったりした時期もあったけれど、現実的にはなかなか…。それに今年の夏は自転車にはまってしまって、着物に対するテンションは下がった。

なぜ着物に縁があったかといえば、もともと母が長年勤めていた田舎の呉服店(実態は学生服とかお布団まで扱う何でも売ってる衣料品店なんだけど(^^))で、私が知らない間に何着も着物を作ってくれていて、成人式や、卒業式、披露宴に呼ばれた際などは美容室で着せてもらっていたのだ。でも、着物のたたみ方すら知らない私にとっては、着物を引っ張り出すことも出来ず、着物ダンスが開かずの扉になっていることがストレスでしかたなかった。

そこで4年ほど前に奮起して、着付けを習い始めた。そしたら、自分も着物がとても好きになり無謀にも何着か作ったり、リサイクルでも気に入った帯があると買うようになり(身長や腕の長さのせいで、古着の着物は合う物が無いのだが、帯なら使えるから)けっこう増えてしまった。これも今思うと、その頃買っておいて良かった(??)と思う。当時会社勤めしていたから出来たことであって、今の私だったら、買う余裕は無いし、(今もしお金があったら自転車とかローラー台とかウェアを買うのになあ。。。)とりあえず、春夏秋冬TPOにあわせた着物は一通り揃ったので、それ以上買うことはなくなった。呉服店の“恐怖のほめ殺し作戦”にも舞い上がらず、ひっかっからず、堂々とお断りできるようになったのもそれだけ着物につぎ込んだ経験からなのだ。まあ、でも一年に一回しか着ないのでは、宝のもちぐされに過ぎない。結局、超無駄使いって事になってしまう。。。。。。生きてるうちに、もっと着ておかなくちゃもったいない。

で、前置きが長くなったけれど、今日着た着物は私が二十歳の頃に着ていたものだ。お茶を教えてくれた親戚の伯母の家に置き去りになっていたのを昨年引き取ったのだった。ちなみにお茶のお手前は10年もやっていないのですっかり忘れてしまった。伯母には本当に申し訳ない(vv;)

若かりし頃、気に入っていた着物が、今でも私に着れるであろうか。。ドキドキ。

一年着て無くてもちゃんと覚えているものね…と先生は言ってくださったが、下の肌着や長じゅばんの段階で、補正や紐で縛るのをまごついた。結局補正も忘れたし、紐も最小限にしてしまったかもしれない。まぁ、少なくて着崩れしなければベストなんだけれど。先生のアドバイスがありがたかった。教わるのは2年近くのブランクがあるから。それでもなんとか着ることができた。着物は白黒の幾何学に赤や緑の小花が散った絞り風の小紋で、派手ではあるけれど、帯や帯紐などを変えたら“今なら”まだ大丈夫かもしれない。自分では気がつかなかったけれど、レトロで可愛いといわれた。ん~、こういう絵柄ってイマドキあんまり無いのかな…?昭和のデザインだから、レトロと言われればそうかもしれないなあ~(^^;)

「お正月に是非着てくださいね」と先生から言われて、20年前の冬に撮った写真を思い出した。実家の前で(冬枯れの田んぼがバック)ちゃんと髪の毛もアップしてこの着物を着た私の横で、とっても照れくさそうに立っている父とのツーショットだ。父もいない今、もう思い出は帰ってこないけれど、初詣に行って、誰かを照れくさくさせるようなパワーは、まだ私にあるのだろうか…(苦笑)

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ジテツウで啓蒙活動

日曜は、いつもママチャリで通う週末のバイトに、クロスバイクでむかった。11月いっぱいでやめてしまうのでそれまでにこのルートを走ってみたかったのだ。ママチャリ置き場ではなく、停めておいても安全な場所を確認して、ズボンの穿き替えを持って、、、。お天気は朝方小雨だったけれど、ネットで調べるとこれから晴れてきそうだ。(最近の新聞の天気予報はあてにならない)

昨日に続いて「子馬」で出かけるのは気分が良い。家のすぐ先は激坂。初めて納品された日に登ってみたが、ギアチェンジにとまどい、ママチャリ以下のへたれ状態でがっかりしながら途中で引き返したのを思い出す。今日はどうか…?。助走区間が無く、いきなり坂だ。しかしダンシングせずにギアにも余裕をもたせて上まで登れた。ほ~、クロスバイクの実力はホントはこうだったんだ…と安心した。

いつもは30分近くかかるところを23分で到着。ママチャリでもかなりクルクル回している6キロの距離。やっぱり子馬にはかなわない。

すぐに着替えて、お仕事開始。ここは住宅展示場なので週末は営業マンたちがやってくる。前のブログにも書いたけれど、所長は自転車を買う宣言をしていたので本を貸してあるのだが、なかなかここにはこない人なので返してもらえるかはちょっと疑問だ。でも、それでも良いとは思うのだが。。。そのほかの営業マンたちも、ヘルメットを見て興味深深で、サングラスも付けてみたりしている。スーツを着ていても、そのまんまいそうな感じ(多摩サイに。笑)学生時代にスポーツをやっていた人たちが多いらしく、違和感はないようだ。「自転車ショップとか、ヨーロッパの有名メーカーを教えて!イタリアがいいな」というので、ビアンキとかコルナゴを教えたら、さっそくネットで検索していた。健康、体重、お腹、それに車通勤での道路の渋滞は皆気になっているらしいから、自転車通勤を啓蒙するのは簡単だった。エコロジーっていうことにも感心は高い。ただ、問題は営業所にシャワーを浴びられる所がないって事だった。そう。。夏とか四季を問わずこの問題はネックになる。多分所長もそれに二の足を踏むかもしれない。みんなどうしているのだろう。汗を拭いて終わりなのかな~?まあ、ジテツウがムリだとしても、週一でも自転車で走れば日ごろのストレスや運動不足の気分の解消にはなると思うのだが。。

果たして、この5人のなかで、自転車にのめりこむ人物は出てくるだろうか。私にとってはこの超ストレスフルな職場(私はそんなにストレスないけど)に対して自転車のススメは置き土産のつもりなんだけどなぁ~。また週末、天気がよければ子馬で行ってみよう。

あっ、そうだ。。。もしレーパン姿で走るなら、男の人は足の毛を剃らないと…って言うのを忘れてた!!!これ言ったら、みんなひいちゃうかしら(^^;)?

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2006年10月30日 (月)

土曜日、ちょろっと多摩サイへ

昨日、お昼に多摩サイまでささっと行ってみた。是政橋から、今日は国立折り返し地点までの往復。ささっと…っていうのは、夕方から、映画の試写会に誘われて、出かけなければならないからだ。もし時間があったら、尾根幹線道路へ行ってみたいのにな…と、山を眺め眺めしながら走っていた。12時頃なのに、まるで夕方のような秋の日差し。多摩川では、大勢の人達が、大バーベキュー大会をやっていて、食欲を刺激されるが、ぐっとこらえるのはいつものこと(笑)

フライフィッシングをやっている人達もいて、きらきら光る川面に糸がS字(U字)を描いて飛ぶシーンは、まるで映画のワンシーンのようだった。(フライ…疑似餌の美しさにひかれて、道具を買い込んで作った事がある。釣りなんかまったくしないのに…)

久しぶりの上流方面だったので、土手に工事用のフェンスが出来ているのを見て驚いた。べつにサイクリングロードの幅には関係ないのだけど、柵が邪魔して川が見えないのは、結構圧迫感があるものだ。はやくフェンスがなくなるといいのにな~。

このところお天気が悪くて、自転車に乗っていなかった。その間なんだか食欲は旺盛で、お腹のまわりに脂肪がついてきた感じがする。超まずい!!

しばらくぶりに乗ったら、なんだか腰が痛くなりそうだった。実は先日、電車の中で、自転車の記事を読んでる人がいて、しっかり覗き見&雑誌名を確かめたら、「ターザン」で。表紙は温泉特集なんだけど、ロードバイク入門みたいな記事が後ろのほうで組まれていた。そこに、自転車に乗るときに、手や腕に余計な力がかからないように、腹筋を使って…とあったのが気になった。今までブログに書いた事はなかったが、自転車を買ってすぐに、親指の付け根に痛みを感じるようになって、ボタンを押すとかお盆を支えるとかいう動作がしずらくなっていたのだ。。。やっぱり手に重心がかかりすぎていたんだろうなと思って、今日は出来るだけ腕に力が入らないように漕いでみたのだ。それで腰がきつかったかもしれない。そのうち平気になったけれど。ほんの2時間しか走っていないのに、なんとなくウエストがさっぱりした気がするのは、ホントは気のせいかもしれないんだけど…妙な安堵感があった。

土曜の真昼間の多摩サイは、年齢層の高いローディーがたくさん走っていて驚いた。みなさん頑張ってるな~!!70歳なんかは当たり前って感じ♪ただ、おばあちゃんは走っていなかった。おばあちゃんに自転車はきついのか、多分その年代の女性にはこういう自転車に乗ること自体の発想はないんだろう。。。でも私たちがこのまま頑張っていれば。。目指せ!おばあちゃんローディー♪骨粗しょう症にならないようにしなくちゃ!

それにしてもね、女性のローディーは二人くらいしか見つけられなかったよ。。少ないね。(vv;)

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2006年10月25日 (水)

片付けのゆくえ

雨…です。それに冬に近づいたみたい。今日なんて、息が白かったもの。

先日やっと、ベトナムから帰ってから開きっぱなしだったスーツケースを閉じた。(vv;)

客観的に考えると、「なんでそんなことも出来なかったの?」と思う。けど、実家へ帰ったり、急なバイトを頼まれたり、自転車で走ってたり…結局これまで落ち着いて家にいることがなかったのだ。(すっごい言い訳だけど 苦笑)

スーツケースの件だけでなく、6月に学校へ通い始めてから、部屋の片付けがあまりできていなかった。色々なモノが溜まってきている。

すっきりしたい!という意識は強く、「ガラクタを片付けると自分自身が見えて来る」だったか…手元にないので題名がうろ覚えになってしまったが、風水師の外人女性が書いた本を買って読んだりしていた。(この本は友人の間を渡り歩いて、それなりに貢献しているらしい。)

もちろん「捨てる技術」シリーズは何かあるごとに読んでいた。肝に銘じるために。。。

夏物と冬物衣料を入れ替えるついでに、着なくなった服、一度も着ていない水着などなど、実家に送ったり、資源ごみに出したりした。それでも、母の手編みのセーターなどは、色が自分に合わないと思いつつ、捨ても送り返せてもいない。どちらにせよ罪悪感で動きがとれない。海外への支援物資として出せるなら良いのだけどな。。。もっと、もっと減らして、気に入った服だけタンスに入っていたら、かなりすっきりするはず。5年着てない服は処分すべしの鉄則に、たんたんと事務的にロボットのように動いて処理出来たら、長時間悩む時間の無駄も無くて済むのに。。。

さて、衣類の入れ替えは取り合えず(このとりあえずという言葉もホントはくせものなのだが)終わらせた。そして、スーツケースを押入れにいれようかなあ~とした瞬間、その奥にある収納ケースに目が行った。これらには、過去にグループ展用の作品に使ったり、試作したりで集めた様々な素材や道具が入っている。原毛、麻、羽、ワイヤー、ビーズ、刺繍糸…。そしてチャイナペイントの作品とこれから描くために集めた白磁の入ったケースで押入れの三分の二は占められている。(これでも減らしたほうなんだけど…。)来月の9日から、また久しぶりのグループ展をするので、なにか使えそうなものを見繕わなければ、と思った。このスーツケースを入れてしまうと、もう引っ張り出せない…!

そこで、半分入れかけたスーツケースをまた部屋に戻し、その奥にあった収納ケースを次々と出してきて、中身を見始めた。ものすごい集中力で、「オペラ座の怪人」「ムーランルージュ」のDVDをBGMで2回づつ流している間、アイデアがどんどん湧いてきてしまった…(ありがたい事なんだけど)また、部屋中が足の踏み場のない状態になってきた。

あれま~、すっきり片付いたらやる気が出るから、作品にとりかかろう!と思っていたのに、全く逆ではないかぁぁぁ~(++;)

私がもしこんな嗜好の人間(物を作るのが好き)でなかったら、もっと部屋に出ているものが少なくて部屋の広さもいらなくて、家賃も安くすむかもしれないのに。上絵付けの電気炉はあるし、子馬(自転車)もいるし。。。。(でもこの二つはだいじ、だいじなの♪)おまけに本の量がすごい。床が落ちたらどうしようかとマジメに思っている。過去の自分を励ましてくれたスピリチュアル系の本はもうそろそろ手放せそうだけど、手放せないのはデザイン、アート系の本だ。作る楽しみもあるけれど、見る楽しみも止められない…。友人の元旦那様が、アニメのフィギュアを何百体もダンボールに入れていたけれど、そういうのに呆れていても、自分も人のこと言えないかもしれない。その人はその人で、人形を眺めていたら寝食を忘れるくらい好きなんだろう…。その気持ちもわかる。

いつか美術書専門で個人の図書館でも出来たらいいのかもしれない。もしくは、すべてが自分の中から発せられるようになれば、他人の作品である本なんて、必要なくなるのかも~。そんな自分は、かなり「イっちゃってる」人っぽいけど(^^;)

とにかく…こうなったらテーブルの上だけでもスペースをあけて、作品を作ろう。(もし売れちゃえば、その分ちょっぴり押入れもすっきり♪)そしてその他のモノはぼちぼち処分しよう。散らかっているからって、焦って、自己嫌悪に陥らないようにしよう。

きっと「やるときゃ、やる!」のだから。お天気が晴れたり雨になったり、変化するのと一緒なのだ。(私の今までの場合)

願わくば、早くやる気になっとくれ~!(>Q<)

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2006年10月20日 (金)

多摩サイ「遠すぎた橋」続き

前回、明日書きますわと予告したのに…ココログフリー、メンテナンスの時間に間に合わず、さらにトラブル発生とかで。。。やっと書けるようになりました。と言い訳か…(謝)

その間、へんなトラックバックを削除することも出来ず、悔しかったわ~。

だいぶ記憶が薄れてきてしまったけれど。続きです。

岡本太郎のお墓を後に、多摩サイ方面に向かう。南下していくと是政の競艇場の横に出た。その先の線路を渡ったら、住宅の隙間から多摩サイの土手を走る自転車が見えた!意外に近かったので嬉しかった~。自転車「子馬」をかついで多摩サイに登場。太郎の墓で蚊よけにはめたアームウォーマーが暑いので、外して、半そでにウインドブレーカーで走りはじめる。この日はビアンキ度が高く、初めの10秒くらいの間に、4台はすれ違った。ビアンキ、人気あるのかな…?

夕日に照らされ、ススキの展望が美しい是政橋を渡って、南側の川沿いを初めてトライ。橋の向こうでは山に向かって細い車道に車が渋滞している。いつか山に向かって走ってみたいのだけど、こういう時間帯は厳しそう。。。今日は右足の膝裏に違和感があってちょっと痛いのでムリはしないつもりなのだ。さて、橋からどうやって多摩サイに出られるのか…間違いながらも、多摩川沿いを走る。

今日逆サイドを走るにはワケがある。先日夜走っていたときに、川原に平屋の明るい建物が見えた。遠目に飲食店かなとは思ったので、akisuteさんがコメントで紹介してくださった「PEACE」というお店かしらと思ったけれど、どうもそちらの住所はニコタマのようで、私の勘違いかもしれず、それを確認したかったのだ。

こっち側は公園があり、スケボーや犬の交流場のようでにぎやかだけど、自転車の人はほとんどいない。なんとなく寂しくてあちらサイドを走る自転車を眺める…私はいつもあんなふうに走っているのか。。

多摩川原橋を過ぎたら、例の建物が見えてきた。。。。と店先には屋根の下にテーブルとベンチ。ん~どう見てもおしゃれなレストランじゃないなあ…。で、ガラス張り(サッシ)のお店を見ると、海の家っぽい!おでんや焼きそば、ビールなどのメニューが貼ってあって、4組くらいの犬連れのお客さんたちが、楽しそうに食事をしていた。どうしようかと思ったけれど多磨霊園でうろうろしたりしてお腹が空いて来ているし、辺りは暗くなりつつあるし、ここでなにか食べておかないと寒いかも…と、ベンチに子馬をしばりつけてお店に入ってみた。やっぱり海の家のおばちゃんとお兄ちゃんみたいな人が、お店をきりもりしていた。飲み物メニューはアルコールばかりだった(缶のお茶とかなら外のクーラーにあるのかもしれないが)ので、ほんとはビールでも飲みたいところだけど自分の水を飲むことにして、おでんの盛り合わせ(450円)をお願いした。なぜか豆腐も入ってきた!初めてだ。。。おでんに豆腐がはいってる。それも絹ごしだ。で、それがけっこうアツアツになっていて冷え始めた外のテーブルで食べるにはちょうどいい。さつまあげや大根、つみれのざくざくした食感に、まるでデザートのようなのどごしの豆腐おでん。今思うとなかなかしゃれているのかもしれない(^^;)つながれていたゴールデンリトリバーのキューキューいう声と視線から、目をそらしながらぱくぱく食べて出発。すっかり暗くなった多摩サイを下る。ここまで来たなら次の目標はあのインクローラーのような堰だろう…。対岸からのながめはどんなだろう。。。軽い気持ちで走っていたが、結構暗いし人気もないし(もちろんレーサーも皆無)、道も狭い。あちら側を歩く人はライトや反射するものを身につけていることが多いけれど、こっち側は自転車も少ないせいか、そういうことにはあまり気を使わない感じ。初めての道で気苦労しているせいか、ホームシックになりつつあった。あっち側に戻りたい~(TT)

堰を見たけれどこちら側は水鳥もいなさそうだし、水の流れが良く見えなくてなんとなくがっかり。。。ますます反対側に行きたくなる!!そして、ここから戻るためには多摩水道橋まで行かなくてはならない。多摩サイは橋はいくつか見えても、電車の線路だったりして走れる橋は限られているのだわ~。そんな気分で目指す多摩水道橋は結構遠い。自転車に乗っていて、こんなにつらくなったのは初めてかもしれない。「橋が遠すぎる…」今日はこんなに長く乗るつもりじゃなくって、霊園経由でも陽のあるうちに帰れると思ったので、ドリンクボトルにもただのお水しか入れてなくて、さらにぐったりだ。このあとUターンしてまた是政橋まで戻って、それから家まで帰るのか。右足の膝裏の違和感が腿横の筋にまで広がって来ている。まずいなあ。気が遠くなりそう…

やっと多摩水道橋へ到着、恋しい対岸へ橋を渡る。橋それぞれにかっこよさがちがうのは面白い。

やっとUターンできるとなったらまたちょっと力が湧いてきた。もしかしたら、こっち側の方が、自転車人たちのオーラというかエネルギーというか気合というものが自縛霊のように残留しているのかもしれない…なんてテキトーな事書いちゃまずいけど、なんとなく元気が出るのは、自分以外に走っている人達がいるからだと思う。

堰をいつもの側からゆっくり眺め、いつものように大国魂神社を通って、フォーリスのテラスでミスドの飲茶とドーナツ、カフェオーレで落ち着いてから帰宅。なんだか最近は出かけるたびにお茶して帰ってくる。悪い習慣とは言い切れないけど、食費が…(vv;)まっ、ささやかな贅沢ってことで。。。。

そうそう、お蔭様で夏に騒いでいた(勉強していた)検定試験、3級、2級とも合格していた。  結果を送ってくるのがあまりにも遅いので、それでやきもきしていたけれど、ひとまずホッとした。これを活かせるときがくるのかどうか…?。これからは、友人との仕事に集中する方向になってきたから、本来の自分のやってきた事を発揮していける。医療事務は忘れないように、たまに復習しておこう。

PS:おでんは400円だったかもしれない…(^^;)?

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2006年10月15日 (日)

岡本太郎の墓経由多摩サイ「遠すぎた橋」

今日はちょい乗り程度のつもりが、ちょっとした冒険心で長い道のりになってしまった。(疲)

先日、実家に帰った際、小学3年生の甥っ子が、岡本太郎の作品にはまっていて、もくもくと絵を描いていた。その前まではエジプト文明のピラミッドやツタンカーメンだったのに、大阪の万博公園の太陽の塔を見てから岡本太郎が降りてきたらしい。かれは美大生も舌を巻くような絵をすらすらと描いてしまう。立体の捕らえ方、描き方、パースのつけ方…。太陽の塔を斜め上空から見たような絵まで描いていて、おいおい…!!君は天才だ(@@)身内が言うのもなんなんだが。。。。本当の話。そして粘土で作った作品も見せてくれた。それは緑色の油粘土で、私にも見覚えがある像だった。確か、多磨霊園の墓にある墓標と同じものだ。甥っ子は、「これの裏側がわからないんだよ~」と言って、恥ずかしそうに自分が予測した後ろ側を見せてくれた。多分彼は写真かなにかでこの作品の表を見たのだろう。それにしても、岡本太郎の作品とまったく同じに見える!!!両手で頬ずえをつく顔の後ろ側は、ねっころがって足を組んだように仕上げていた。子供たちが良くやるポーズで足の抽象加減も太郎の作品っぽい。

私は3度の引越しでも多磨霊園ちかくに住んでいるので、お散歩していて偶然岡本太郎の墓を見つけたりしていた。少なくとも2回はお参りしている。甥っ子に「私は岡本太郎のお墓の近所に住んでいるんだよ」と言ったら、「それはうらやましい」と羨望のまなざしで言っていた。彼に、顔の作品の後ろ側を教えてあげたいと思って、デジカメを持って自転車で向かったのだった。

だいたい場所的なイメージはつかんでいたものの。。。。さすがは広大な多磨霊園。偶然見つけることは出来ても、いざ捜そうとすると見つからない(vv;)あせり。墓石の区画を丹念にソロソロと走るが。。。。メーターを見たら、いつのまにか多磨霊園で8キロも走っていた。こんなに苦戦するとは…。自力で捜すのはあきらめて霊園の事務所の入り口へ行き、置いてあった地図のコピーをもらった。これには有名人のお墓が記入されているのだ。やれやれこれでなんとかなるだろうと思ったが、それでもてこづってしまった。やっとの思いでお墓を発見。あまりに見つからなかったので、太郎が嫌がっているのかしらとか思ってしまったりしたが(苦笑)

太郎のお墓には、岡本一平、かの子、太郎、そして近年なくなった岡本敏子さんが一緒に眠っている。太郎と敏子さん。結婚ではなく養女としていたが、二人の人間の結びつきの深さは男女や夫婦といったレベルを超えてるのだろう。この二人がずっと寄り添っているのを思うと胸が熱くなった。

そして、例の太郎のお墓の像…(@0@;)

顔の後ろ側の胴体はにょきっと茶色い石の台座から出ていたのだった。

ようするに甥っ子が想像していた下半身は無かったのだ(^u^;)

猛烈な藪っ蚊の攻撃にひるみつつも、リュックからデジカメを取り出して撮影。これを見て彼はどう思うだろう…。伯母(私)としては彼の作った粘土の方が、岡本太郎が表現したかったものに近いんじゃないかと思っている。もしかたら、この他の作品では、そんなポーズもあるのかもしれないな。

そして太郎の墓前の足元にある茶色の御影石?の上には、TAROと言う文字が小枝で作ってあった。本物の小枝を誰かが拾ってきて文字にしたようだ。。。そっと添えられた2本のひまわりの花と共に…。まるで太郎のサインみたいに見えた。素敵なことをする人がいるものだ。。。。感動。(v。v)

あ~ここまででかなり長丁場だな。このあと、さらに多摩サイでの長丁場が待っているのだが。

途中だけれど、今日はこの辺にして、続きは明日書きますわ。               (><;)

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2006年10月14日 (土)

誕生日記念RUN

夕方、曇りぎみでのんびりしてたら暗くなりそうだったので、4時過ぎに出発。家から多摩サイまで、地図上では4キロ位かと思っていたのだが、実際は7キロほどあった。(vv:)

結構、風が強い。西の空の高いところで夕焼けが見られた。沈む夕日は見れなくて、このまま夜になってしまうのか。。。記念RUNと言うことで(勝手に命名)まずは国立折り返しへ向かう。自分の歳とおなじ数字のスピードを出してみようかと思いついたが、そんなのとてもムリ~!(もしかして風の助けがあれば…と言っても、この脚力で平坦な道では出せないだろう)実際には自分の歳マイナス10の数字は出た。それでも自己最高なのでまあヨシとしよう(^^;)このままのやり方で毎年やっていったら、歳をとるごとに不可能な数字になっていくのか。例えば、50歳で時速50キロは多摩サイじゃムリムリだろうし。でも40キロだったら…たゆまぬトレーニング次第では出来なくはないのかも(??)おほほ

折り返し地点で川まで子馬に乗って降りてみた。途中からさすがにごろごろ石で、走行は不可。いやがる子馬をなだめながら水辺へ。ここで私はかなり昔に手に入れたインドネシアのものと思われる木彫りのかたまりを二つ、ポッケから取り出した。

ひとつは人間が手で顔をおおってぎゅっと背中を丸めた姿。これは他でも似たようなのを見かけたので、割とポピュラーな置物だと思う。この造形としぐさに惹かれて買ったけれど、見るたびに、可愛そうな気になってしまう。何かよっぽどつらいことがあったのか。。?そして人を寄せ付けないような頑なな姿を哀れに思ってしまう。置物とか、それもハンドメイドのものは愛着があるけれど、毎回そんなマイナスな気分を味わうことが、自分に合わなくなって来ているのを感じた。かと言ってフリマに出したり、実家に送ったりというふうに人にあげるのも気が引けるし。。。もうひとつの置物も木彫りの鳥のようなもので形は面白いのだが、くちばしの黒さときょとんとした目が、いいのか悪いのか…どちらかというと奇妙な暗さを感じてしまって。二つとも木で出来ているので多摩川に流そうと思ったのだった。ホントは海に流したいのだけど。

二つの木のかたまりは、初めはぷかぷか浮きながらゆっくりと漂ってなかなか岸を離れない。でもそのうちに川の流れに乗り、二つのちっちゃな黒い点になって消えていった。もしかして、これから多摩サイを下れば、私の方が早いかも。。。あのまま流れて海に行くのか、途中で木のくずと化して自然にかえってくれるのか。。。。。。願わくば、故郷のインドネシア方面まで里がえりできたらよいのだけど。

川に物を流すのは良いことではないとわかっているけれど、ごみ箱行きも忍びなくて。今回は、流木を運び出し、受け入れる多摩川のふところの大きさにたよらせていただいた。

ひとつの目的を完了して多摩サイを南下した。もし「青いたね」がお休みでなかったら、休憩して折り返すつもりだった。看板がでていたので子馬をかついで土手を降りお店の前までいったのだけれど、食べたかったハンバーグはメニューになさそうだった。ケーキを食べるっていう手もあったけれど、なんとなく気乗りがしなくてまた多摩サイへ戻った。こんなとき他にもいけそうなお店があるといいのになあ。どうしてないんだろう…。利用者が限られ過ぎかな?

しかたなく帰路へ。大国魂神社はいつものように立ち寄ると、通りがかった人が「あれ?、いつもは閉まってるのにどうして今日はまだ開いているんだろう?」と言っている。手前の門が開いていたのだ。あらぁ~、大国主様、待っていて下さったの?嬉しいなあ~なんて思って、今回はちゃんとグローブも外して「パンパン」と手を打ち鳴らした。非常によく響いてびっくり♪

その後神社前のフォーリスのカフェテラスでお休みして、途中のケーキ屋さんで、自転車でも崩れなさそうなケーキを買って帰宅。(ちゃんと倒れず無事な姿でいま私の目の前にある。)着替えてからすぐに地元の彫金教室へ。先週は疲れていてサボってしまったので、今日は頑張って行ってみた。

そして今に至るのだが、これから勉強しなければならない。明日、ちょっとした試験があるので(苦笑)多分二時間くらい起きていられたら…それとももう寝て早起きするか…。ともかくこれを書き上げてお風呂に入ってから考えよう~。

それにしても、レーパンにレッグウォーマー、アームウォーマーと薄いウィンドブレーカーを着ていたけれど夜風は結構つめたくてこれじゃダメだとわかった。フリースでも着るべきか、そして足の方も重ね着できるものが必要なんだろうか。また試行錯誤するのかな。。。。。?20日発売の「サイクルスポーツ」にちょっとだけ着るものの記事があるそうなので見てみたい。

本日の誕生日記念RUN 走行距離43キロなり♪

あ~ちょっと疲れがでてきた。

お知らせ:ベトナムと、雲の写真を載せてみました。お暇があるときにごらん下さいませ。

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2006年10月13日 (金)

じゃ~ん♪誕生日になってしまった。

ああ、ついに。 ここ何年かは、自分の年齢があやふやになりつつある。。。。

新年が明けた時にすでに、今年でいくつ、と思ってしまうので、10ヶ月もあるのにその分損しているみたいだ。(だから、誕生日に歳をさらに多く見積もってしまったり、ワケわかんないことに陥るのだ…)

この位の歳頃に自転車をはじめる人ってわりと周りに多い気もする。客観的に考えると、遅いと思うのだが、自分自身に年齢の感覚がまだ薄いし…。若い頃は自転車に興味を持つより、仕事や他の事で手一杯なのかも。みんなもそうかな。(笑)自転車に出会えて良かったし、よぼよぼのおばあちゃんになって乗れなくなるまで、走っていたいと思う。

ヨガも嫌いではなかったけれど(むしろ周りからはヨガが私らしいと思われていた。身体が硬いけど…苦笑)自転車の方がだんぜんやる気になる!自分が植物的生き方からアクティブな方に変化して来ているみたい。おとといはベリーダンスのレッスンにまた参加して、月一度だから退化していると思ったのに、結構身体が動けるようになっているのに驚いた。多分、昔より動けそう。意識が自由になることで、身体の硬さも取れたりするのかな。。

今、時々寂しくなることがあっても、総体的に、生きていて良かったと思えるし、生まれて来て良かったと思う。誕生日は自分がここに生まれてきたことを感謝する日なんだな。今までそんなふうに思いもしなかったけれど、今年になってやっとそんなことに気づいた。

ここのところ、ずっと忙しくしていたから、身体が結構疲れているけれど、今日はのんびり家の(過去の)片付けと、せっかくだから夕方には自転車で誕生日記念ランをしてみたいなあ~。川の流れを見たら、まだまだ死ぬまで発展途上中の自分の変化が、スムーズに出来るような気がする♪  美空ひばりじゃないけど。。(^^;)

といいつつ、最後まで歳を明かしてないけど、適当に想像してみて~!

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2006年10月 9日 (月)

自転車日和~♪

今日はいい天気だったなあ~。日焼け日和ともいうか…。

急な頼まれ仕事の合間にやっと休みが出来たので、多摩川上流まで行ってみた。今日の多摩サイは「秋の多摩サイ祭り♪」ってくらいに人出があって、(屋台こそなかったものの。。)ライダーもいっぱい!追い越しされたり、したり、の練習をしているみたいだった。Bianchiにもいっぱい出合って、レーサーに乗った女性と目があったら視線で挨拶してくれた。(一瞬だったけれど、すっごくイ~感じの人だった!惚れた。。)その一群の中の、チェレステではないBianchiに乗った男性は、こんにちはと声をかけてくれたし♪結構Bianchiが多いのに驚いた。車種が違っても色が共通しているから多く感じるのかも?

多摩川は水かさが多くて、激流下りできそうなほど。日本離れした雄大な景色にも見えてしまった。こんなにいつもと流れが違うと、上流から常連以外のお魚も流れてくるのだろうか…?腰まで水につかった釣り人に聞いてみたかったなぁ~。漁をしている「鵜」たちにも聞いてみたかった。

次に上流まで行くときには、またまったく景色の違う川になっているのかもしれない。それはそれで楽しみにしておこう♪ 今日は今までで最高の走行距離。(71.66キロ)ベトナム前からだから子馬に乗るのも久しぶり。よく走ってくれたぞよ。サドルをちょっぴり高くしたので、子馬もちょっぴり成長したかも。。(^^)

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2006年10月 6日 (金)

実家にて

二泊三日で松本の実家に行ってきた。久々に見た「たいまつ祭り」(多分20年ぶりくらいかも)は、少子化のせいか高校生の作るたいまつが無くなっていて、出ているたいまつの大きさも昔より小さめに思えた。そこのところがちょっと残念だったけれど、ほっぺたに炭をつけられて黒くなって嬉しかった。ただの見物人じゃなくて、お祭りに参加したっていう気分になれたし、誰からもつけられずにいるのもちょっと寂しいものだ(笑)

御射神社にお参りし、お神酒を頂き、おみくじを引いたら、恐れ多くも大吉だった♪

和太鼓に力が入れられていて、伝統の火焔太鼓が、若い女性達や高校生の太鼓三兄弟(ホントに兄弟で一人は横笛も吹く)によって活気が出ていたし、小学生の若獅子連の太鼓も子供とは思えぬ演奏でお見事だった!

祭りから帰って、家族から母に誕生日ケーキのサプライズをした。実は9月の終わりにあった母の誕生日を弟はすっかり忘れていて、私が前の晩に母にプレゼントを渡したのを見てハッと気がついたからだった。私の誕生日ももうすぐなので、誰にも言わなかったが心のなかでは自分の分もまとめて祝ってもらったつもりでケーキを食べた♪

そんなこんなで満足のお祭りデーであった。

実家に帰って今回わかったのだが、自転車がたくさんあった。

弟のトレックのロードレーサーが2台、MTBが1台、義妹のスペシャライズドのロードレーサーが1台、子供達のMTBが2台、タイヤがパンクして乗れないママチャリ1台、それに見たことのないような自転車があるので聞いてみたら、競輪用の自転車を練習用に借りているらしい。ギアもないしブレーキもない…。本当に乗ってるの??と思ったが。。。

合計8台あった。ママチャリのパンクを直してみたかったけれど、タイヤ自体がだめになってるといわれてあきらめた。

翌朝、デジカメのプリントをするコンビニを捜すという名目で、弟のMTBを借りて浅間温泉の激坂に密かに向かった。ここは坂の宝庫であるが、やっぱりツール・ド・美ヶ原のコースを見るっきゃないでしょう。(^^;)

途中までは座ったまま漕いでいったが、途中で断念。10メーターくらい押してまた乗ってみたけど、ダンシングするしかない。最初の坂の目標である赤い鳥居が視線の上のほうにちらっと見えてきたが、そこに至るまでに、さらに坂が急になっているのを見て気分がへたってしまった。情けなや~。すでに心臓はバクバクいって破裂しそうだ。心臓破りとはこういうことを言うのか。。。弟のMTBはスプロケットがだれていてギアチェンジするとチェーンがはずれるかもしれないと言われていたので、前輪は一番大きいギア、後輪は3の目盛りのところのギアのままでずっと乗っているしかなかった。(これってどんな程度なんだっけ?)

ともかく、坂の長さでは東京の家の近所の坂は完全に負けているし、傾斜もなあ~。

毎年この激坂を押さずに漕いでいる、素晴らしい義妹に坂のことを聞いてみたら、

「あそこは練習しようとも思えませんよ。レースだから登れるだけで…。お姉さんも来年やりますか?」と聞かれて、「う~ん。。」と答えた。

本番になれば気合いで登るということか。。。

今回、Bianchiのクロスバイクのことはバレなかったが、私が自転車に恐ろしく興味を持っていることは明らかになってしまった。

「周りの友人達がクロスバイクを買って、中途半端で結局レーサーに乗り換えているから、買うならレーサーがいいぞ」と弟からいわれたけれど、東京と松本の道路事情は違うし、姉と弟の見解の相違はよくある事だ。もう、買っちゃったもんね~♪と心の中で思いつつ、弟にクロスバイクで対抗してやりたいと密かに闘志を燃やす姉であった。(笑)

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2006年10月 2日 (月)

ベトナムーその2

やっとちょっぴり落ち着いてきた。…というか昨日なんて、自転車に乗りたかったのに雨になっちゃって。寒いし眠いし。旅ではずっと友達と一緒でめちゃくちゃハイテンションな私だったので、帰ってきてからがくっとテンションが下がってしまって、こんな秋の日は一人って寂しいんだな…って気がついた。でも一人でも充実していられる自分でいたいのに。。。一緒に行ったKさんは、ただ疲れているからだよって言ってくれたから、まあそれもそうかって思うことにした。

で、ベトナムの話をちょっとづつ書いてみると。

行きに成田空港に着いたら、大きなダンボールがすぐ目にとまった。そして箱には「輪行箱」と書いてある!!!!そしてそんなダンボールがすごくたくさんカートに載せられているのだ!ダンボールを良く見ると、ホノルルセンチュリーライドのものだった。なかには、ビアンキのダンボールもあった。いきなりの大興奮(^Q^)思わず「輪行箱だ~♪」と声に出してしまったので、持ち主の女性たちがこちらを見てしまった。が、私の表情が嬉しそうだったのか、あちらもニコニコしていた。自転車乗り(ライダー)にはすごく親近感を覚える。無条件に。。(笑)

それにしてもかなり大勢の人が参加するんだなと驚いた。清志郎も元気だったら参加していたろうに…。空港で、すでにレーサー姿の男性もいてちょっとびっくり。もしかしたら、ここまで乗って来たのかもしれないなと今ころ思う。

実は私もパールイズミのジャージを来てくるつもりだったのだが、家で昼食をした時にジャージにちょっと染みがついてしまいささっと手で洗ってスーツケースに入れたのだった。もし着ていたら、私もベトナムじゃなくてハワイ行きと思われたに違いない(^^;)

なぜにウェアをベトナムに…?と思われるかもしれないが、ベトナムで時間があったらオーダーメイドしようと考えていたから。コットンでも良いんだけど、シャツの後ろが長めでポケット付きで、アオザイのようにハイネックにチャイナボタンがついていたら可愛いかもと思ったから。残念ながら、今回はその余裕は無く、生地もシルクがほとんどなので、もし次に行くとしたら生地を日本から持ち込むのがベターかもしれない。シルクは扱いに難ありかもしれないので、スポーツウェアとしては厳しいかな。まあ、そんなに高くつかなければ試してみてもいいのだけど。シルクで走ったら優雅か…(笑)

ベトナムの自転車事情など。

あちらはオートバイの数がものすごい。ハノイでは人口300万人に対し、バイクの数は200万台(@@)18歳から乗り出して、一人一台持っている。排気ガス&日焼け対策のマスクも様々で、チェックや絵柄やアップリケ付きなど可愛らしいが、帽子とマスクの間からは目しか見えない。(ヘルメットをかぶった人は皆無)そんなバイクが群れをなしてアスファルトの上を走ってくる。すっすさまじい光景!無法地帯のように見えるが、ちゃんと方向転換は手で合図したり道を少しづつ譲りあったりしている。日本ではきっちりと信号や規則があるが、あちらではお互いが気を配って回りの状況を見ながら走っている。無秩序の中の秩序を感じる。自分が自転車に乗るようになったから判るのだが、はた目に見ているとものすごいけど、同じスピードで走っているとそんなに難しいものでもないかもしれない。しかしこんな状態だから当然スピードは出し切れない。自転車の方が断然早そう。そして自転車は…?というと、ほとんどいない。たまにママチャリ系などが走っている。思わず頑張れ~と言いたくなる。人間の足で漕いでいる姿は新鮮だった。あとシクロという人を乗せるための三輪の自転車がたまにいる。ものすごくサドルが高い。そして人以外にも長い鉄板などを乗せてゆっくりと走っている。漕いでいるのは皆、痩せたおじさんたちだ。すごい脚力だと思う。

ベトナムにも自転車レースがあるという話をハノイで聞いた。そしたらウェア屋さんもあるのかなとちょっと期待したけれど、星のマークのついたTシャツじゃないかなとのこと。。。

一人だけ、レーサーを見かけた。もしかしたら日本人かもしれない。ちゃんとヘルメットもかぶってウェアを着ていた。車の中から見ただけだったから一瞬だったけれど。

ハノイの旧市街のカフェの奥の壁にレーサー二人の写真が引き伸ばされて飾ってあった。これも日本人っぽいが…。いちおうデジカメに撮ってきた。もし画像が載せられたらあとで掲載したいな。

友人のおじさんのつてで、ベトナム人の女の子二人に会った。ホテルに電話が来た時(彼女らは、日本語、英語が話せる)「迎えに行くからバイクでいいですよね?」といわれて、すごく焦った。あのバイクの集団に混じって走るの??とても恐いと思ったけれど、30分くらい後ろに乗ったら完全に慣れた。バイクがあんなに安定感のあるものだとは知らなかったのだ。そのあともあちこちバイクで案内してもらって、すごく良い経験をさせてもらったと思う。あの広いアスファルトの道路、ポタリングというか、風を切る楽しさはオートバイも自転車も同じかもしれない。

信号のない(ほとんどないところばかり)道路を横断するのも、バイクが向かってくる間をゆっくり歩く。「ゆっくりゆうゆうと」が正しい歩き方。そうするとバイクの方でさけてくれる。慌てて渡るほうが危ない。これも初回で完璧にマスターした。自動車の数は自転車と同じくらい少ないが、ビッビーとしょっちゅう警笛をならして走っているから、自動車を見たら道路の真ん中でも過ぎるのを立ち止まって待つ。

こうして私たちはベトナム人と化してゆくのであった。。。(笑)

それにしても、今回、ハノイとホーチミンという大都市がほとんどだったせいか、よくお土産物屋にあるような、スゲ笠にアオザイを着て自転車に乗る女性の姿を見かけなかった。あれはもうすでに過去の風物なのか…?バイクにアオザイ姿で乗っている女性はいたんだけどな。

今日の土産話はこの辺で。

これから田舎にちょこっと帰ってきます。明日の夜は故郷の浅間温泉の松明祭り(たいまつまつり)があるのです。ものすごく久しぶりに見るので、どんな感じかなあ。

高さ3メーター、直径3メーター位ある松明の上に火をつけて、大人が8人くらいでかこんでずるずると浅間温泉の坂道を神社に向かって登っていくのです。それがたくさんあるし、子供も小さな松明を引きずって歩く。松明の上に乗ってあおる人もいるし、火の子が散ってみんな大興奮。日本の奇祭かも。浅間温泉の夜は白くて香ばしい藁の燃えた煙で包まれます。おまけにその灰を着けると病気をしないとかで。、酔っ払った人たちに顔に灰をつけられたりして黒くなって帰ってきます。

あ~、だんだん思い出してきた。汚れても、火がついても水をかけられても大丈夫な格好していかなきゃいけないんだった。これから用意しよう。

美ヶ原までいく時間はとれないかもしれないけれど、激坂を見てくるつもり。家の近所の激坂と比べてみたい。実家に帰って、弟たちの自転車を見たら興奮してしまいそう…ビアンキのことはバレずにいられるだろうか。(vv;)

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